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2017/02/19

窓の外の流れる景色を睨んだのは、彼の車では初めてだった。濡れたリッチブラックの路面に、信号機の光が映ってきれいだった。

「どうにかしたい、ごめんね、そうじゃない」という気持ちが、普段飄々としている彼には珍しく焦った表情と、撫でてくれる手から伝わった。一呼吸おいても、ふた呼吸おいても、腹の中でふつふつと湧き出てくるものがどうにも収まらない。信号機の反射が滲んでぼやけていく。怒りで泣くのは久しぶりだった。信号をいくつか通り過ぎて、その度に手や、腕や、襟足や、髪を撫でてくれるのだが、その体温すら受け入れ難く、ちょっとだけ笑いながらだけれども、「むかつく!」「触んな!」と彼の腕を突き返した。

「男性のあなたにはわからない」と、自分の言葉尻がついに泣き声になったのを聞いた。気がつくとわたしは彼の膝の上に頭を乗せさせられており、泣いて怒っていた。さすがにこの体勢はと恥ずかしくなって起き上がろうとすると、「まだだめだよ」と頭を押さえられてかなわないので、泣きながら笑ってしまった(力つよい)。停めた車内は静かだった。腹から出てくる思いをそのままこぼした。この人なら受け入れてくれるだろう、真剣に聞いてくれるだろうという、信頼とも甘えとも言える気持ちに身を任せた。他人に対して怒るというのは久しぶりのことだった。わたしのその怒りに、当たり前の話だが、男性は男性で、矛盾に満ちていたり違和感を覚えたり見過ごしたり飲み込んだりする他人からの言葉や行動があるのだと、本当に当たり前の話だったのだろうが、教えてもらった。

身体に溜まってゆくモヤモヤした怒りや違和感、悲しみ、虚しさたちを、くだらなくささいで、自己肯定感の低さからくる理由でそのままにしておかなくてよかった。わたしが考え、傷つき、悲しんだ言動を、この人に知ってもらえてよかった。

初めてけんかした日は、釣った魚を煮たり焼いたり刺身にしたりして食べた(比喩じゃない)。この人をとてもすきだと思った。

 

 

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