2017/02/04

あ、説教だな〜〜と思った。姉が珍しく、わたしの目を見て座り直して話し始めた。気が強くしっかり者の姉と、ぼさっとしている妹だったので、よく怒られ叱られたし、それを極度に恐れていたから、その兆しがあるとなんとなく察する。

日々を繋ぎとめ家族内をうまく回しているのは専業主婦の母で、祖母・父は鈍く、わたし・姉は自由気ままに我が物顔で過ごしている。我々五人家族は、日々の中で思いやりを持って過ごすというところからは遠い。しかし一度事が起これば、一番頼りになり一番気を回して一番考え一番発言をするのは姉なのだった。

実際には説教ではなかった。いつものハキハキとした、他人が聞いたら怒っているように聞こえるであろう言葉尻で、わたしのことを、心配していた。心配してくれていた。聞きながら泣いてしまった。

「自分でも、自分は他人を簡単に信じていたんだと気づかされてびっくりした。用心深い慎重なタイプだと思っていた。それに、他人が、他人であるからして全く考えることが違うことにびっくりした。うちの人はみんなみんな、お人好しで人がよく、世間知らずで、騙そうとか得をしようとかズルをしようとか考えられないから、騙そうとか得をしようとかズルをしようとか思っている人の発想なんて気づきもしなくて、それでまんまと損をする。」

分かってほしくて泣いたわけじゃない。分かり合えなくて泣いたわけじゃない。うまく説明できなくて泣いたわけじゃない。怒られたと思って泣いたわけじゃない。嬉しくて泣いたわけじゃない。多分多分多分。なんだかわからないけれど涙が出て二人で大泣きしてしまった。

彼女にこんなことを言わせた男をひっぱたいてぐずぐずに煮込んでやりたい。彼女が泣く泣く我慢し、諦め、新たに取りたくない相撲を余儀なくされたあの日々、わたしは彼女が前進したくて前進しているものだと信じていたのだ。全く滑稽である。

 

話をしよう。恋人の良いところ、わたしが良いと思っているところ、その日してくれた親切なこと、彼が今いかに頑張っているか、わたしがいかに大事にされ、愛され、気遣われ、思いやってもらっているか。話をしよう。見当違いな心配を減らし、見当が当たっている心配をしてもらおう。

姉。気が強くて横暴ですぐ怒ってうるさくて自分勝手でうざくて、真面目で信念を持ち論理的で他人のことを思いやるあまり強情で心配性で用意周到で寝てる時も口の端がキュッと真一文字に結んでいて写真で笑うのが下手くそな姉。わたしは君の兄弟であることが嬉しい。

 

 

1041文字

2017/01/29

2017/01/29

「おはようございます。大変申し訳ないのですが、ちょっと体調が優れないので今日はキャンセルさせてもらってもよろしいでしょうか。朝にごめんなさい!」というメッセージをひどい頭痛の中でぽちぽち作って送信。

今日は昼間から飲んだくれる予定で、すっかりワイン腹イタリアン腹にして楽しみに楽しみにしていた。のに、昨日のあのハチャメチャな買い物を終え帰ったらとてもくたびれてしまって、一時間だけ眠って、幼馴染との飲み会に顔を出しながら、なんだか嫌な体の重みや寒気があると思って、思ったけれどどうしても我慢できなくてこだま(2017)『夫のちんぽが入らない』扶桑社を一気に読んだ。それでも11時に眠った。

夫のちんぽが入らない

夫のちんぽが入らない

 

 

ひりひりしそうな生傷があるのを見てしまい「ワア痛そう」と眉をしかめて、そうしたらその傷を彼女自身が、他人が、彼女の夫が、見知らぬ男たちが、彼女の教え子たちが、彼女の家族たちが、素手でどんどんと触っていくので、見ているこっちも痛いのか痛そうなのか愛なのか悲しみなのかわからなくなってしまった。

ちんぽが入らない私たちは、 兄妹のように、あるいは植物のように、ひっそりと生きていくことを選んだ。

そうして寝て起きたら、というより寝ている体勢ですでに頭痛がひどく、このまま死んでしまうんじゃないかと思って、それならデートに行って彼の隣で死のうと考えたけれど、あまりにもひどくて歩きも這えもしなかった。よく仮病で行った学校の保健室に、「あなたの痛みはどっち?」とあり象が足踏みをしているのともう片方なにかがなにかをしているイラストが書いてあるポスターを思い出した。くるしみの中で浅い夢を見る。もう覚えていない。

すこし日が傾いてきた頃目が覚めて、すぐに直感で治ったことがわかった。コンコンと頭を傾けて頭痛を探すと、遠く遠くにすこしだけ頭痛のあとがあるのがわかる。もう大丈夫だ。死ななくてよかったあ。

週末にデートをしなかったのは初めてかもしれない。棒に振った日曜を取り戻す100の方法を教えてくれ。とりあえず靴を磨いて髪をセルフで染めて今はこれを書いてる。

 

 

878文字

2017/01/28

2017/01/02

彼の背中を撫でて驚いた。ブラジャーの線がない。わたしはあまりにも男性という生き物から遠ざかっていたらしい。今年もどうぞよろしくお願いします。

 

2016/?

彼は双子。幼い頃の話などを話してくれると、「僕らはここの幼稚園に通っていて」と自然と一人称が「僕ら」になる。彼の双子の弟には会ったことがないので、些細な会話の端に双子の要素を見つけると、ついニヤニヤしてしまう。

 

2016/12/?

機会として発言しておきたいけれど、発言すべき事柄が見つからないのでひたすら黙っていることが続く。中学校の授業みたい。罪悪感とつまらなさと焦燥感。どっと疲れる。大学では、話を聞いているだけで頭の裏でリンクがバチバチ走って言いたいことが溢れてきた。挙げられる話題に近いことを日々インプットしてきたからかな。こまった。こまっている。わたしはどうしてここにいるんだろう。

 

2017/01/28

一日が24時間で一週間が7日、一ヶ月が30日か31日で一年が365日。全くもって時間が足りない。ざっと読める小説ならまだしもまとまった時間をとって読みたい新書なども読まなくちゃいけないし、話題になってる映画は必須でそれに加え気になる小シアター系の映画も見なきゃいけないし、こうしてぐちゃぐちゃとブログを書かなきゃいけないし、展覧会を東京金沢福井長野そして名古屋に観に行かなきゃいけないし、いつもの古着屋をめぐってあとラシックで服を見なきゃいけないし、雑な恋の話やデザインのわるぐちを言いに飲みに行かなきゃいけないし、幸福で満ち足りたうきうきするデートをしなきゃいけないし、絵を描かなくちゃいけないし、新しい音楽を開拓しなきゃいけないし、忙しい、忙しい。あと60年しかない。日々本は出版されるし映画は上映され週初めにジャンプが店頭に並びTwitterは更新される。大変だ。鋭い嗅覚を持って生きるぞ。

 

 

797文字

2016/10/15

告白された日の話

何を言われているのか一瞬分からなかった。告白された。でも気持ちの良い耳鳴りもしなくて、よく分からない涙も出てこなくて、胃のあたりがぐっと重苦しくなっただけだった。これは、恋じゃないかもしれない。「付き合いたいと思ってる」と言われて、なんていったらいいかわからなかった。わたしはわりと表情や声色を作って他人と接することができると自負していたけれど、この時ばかりは、素直に「困っています」という喃語のような声が出てしまった。

そろそろ行こうか、といつもの60%の声色で言われて、わたしは頷くことしかできなくて、無言で山道を降って学校のそばを通り過ぎて、坂を登りきったところで、急に月が現れた。丸くて大きくて明るくて位置が低くて、穏やかな海がその光を受けて、広くて明るい光の道を作っていた。ムーンリバーだった。あまりにも美しいことにびっくりして、歩みが止まってしまった。最終便の船が行ってしまうかもしれないのに。「ああ」と、感動した声が素直に出てしまった。笑った彼が振り返る。夢の中みたいだった。「もういいです」と言ってしまう。何ですぐに答えることができなかったのかわからなくて、心の中がずっとぐちゃぐちゃしていて、酸素が頭に回っていないような感覚でなにも答えが出なくて、お腹も空いているし足も疲れたし、もういいじゃんこの島に泊まっていこうよ、月と海がこんなに綺麗なんだしずっと見ていようよ、ずっと波の音を聞いていようよ。でも実際にはそんなことはあっていいはずもなく、おとなしく船着き場まで一生懸命早足で歩いた。

ポール・ギャリコの新しいやつが出ていたのでと猫が好きな彼にお渡しすると、フラワーベースとドライフラワーをプレゼントしていただいてしまった。男性から「告白だから」と花束を渡されるのは初めてのことだ。ちょっとだけ泣きそうになった。この人は本当に格好いい。気を確かに持っていてよかった、後から後悔するところだった。「ベンツで迎えに来て船に乗せてくれて扉を引いてくれて花束をプレゼントしてくれる男性」。

(後ろから抱きすくめられてしまった。驚いて自分でわかるほど肩が震えた。「これはナシ?」と聞かれるが、言葉にならない声しか出なくて、「今日はアリにして」と言われる。顔を見ることができない。) 

人としても良いなと思うところがいっぱいあって、同じデザイン界隈の人間としても尊敬していて、男性としても格好良いと思えて、じゃあなぜダメなのだと責められると、自分でも説明がつかない。

「奴が君の前に現れたとき、さっと風が吹いた?ベールがそよいだ?月が大きく輝いた?」

笑いかけてくれただけでどうしても手を触りたくなってしまって、抱きしめあっただけで耳鳴りがするほど気持ち良くて、一緒にご飯を食べるとなんでも美味しいけれど胸がいっぱいで喉を通らなくて、そんな気持ちにならないのはわたしが悪いからなのだろうか。あんな奇跡みたいな恋を経験して比較してしまっているからなのだろうか。あの元恋人に拘泥しているわけでは全くない。そこだけは勘違いしたくない。人ではなく、あの時の感覚と比較している。あれはなんだったのだろう。わたしはあれが恋だと思っているのだけれど、他の人は何をもって恋だと認識しているのだろうか。

「あれは若かったからではないか」と言われて、確かにそうかもしれないと思った。あの視界がやけに光る感じ、でも胃が苦しい感じ、どうしていいかわからないどうしようもない感じ。あれは確かに若さのせいだからかもしれない。年齢を重ねるごとに冷静になっていっている感じはある、残念なことに。

少女漫画みたいなこと言ってんじゃあないよと怒られてしまった。でもわたしは経験してしまったのだ、少女漫画みたいな恋。

・酒が多く用いられる

・社内の人(=警戒心が強くなる)

・年上

・付き合いの長さ

・わたしがぐちゃぐちゃと考える体質に(より一層)なった

・言ってもらった時正面を向くことができなかった

・「本当に恋だと言える恋」っぽいものを経験してしまったあとだということ

あんなモテ男を捕まえておいてわたしは何をやっているんだ。格好いいと素直に思っていた人と手まで繋いでおいてわたしは何をやっているんだ。贅沢者だ、もったいないお化けが出る。曰く「チャラ男に弄ばれているというよりむしろ君が弄んでいるよね」。一連の流れを話すと、同期は「それはもう「好き」か「クズ」かだよ」と言った。今となっては彼は「好き」であったしどちらかといえばわたしが「好き」か「クズ」かだ。

「いやだと言われるまで諦めないよ」とメッセージが来ていて、くらっときてしまった。本当にそんなこと言える人がいるんだ。本当にそんなこと言ってもらえるのがわたしでいいのか。

赤ん坊のように「うー」「あー」しか答えられなかった(答えてもない)ので、「ちゃんと整理していつかきちんと自分の気持ちをお伝えします」とだけは伝えた。わたしはこれからどうするんだろう。 

絶対にかなうわけのない恋(恋?)だと思っていたから、格好いいとは思っていたけれど、自分の気持ちを見ないふりをして蓋を閉めてぐるぐるにガムテープを巻いて海に沈め込んで(目の保養心の潤い)と遠くから眺めているだけにしておいていたから、自分でも本当にわからなくなってしまった。食事に誘われても「どうせわたし以外の子とも行ってるし」と彼の言動に勝手に理由をつけて(実際に行っているはずなんだけれど)、「どうせわたしのこと珍獣を眺めるような気持ちで一緒にいるんだろうな」と彼の気持ちを勝手に決めて酒をかっぱかっぱ飲んでいた。

実際、本当に彼はよく分からない。わたしだって鈍くないし(性格が激悪いので)、普通の女の子(ex:西野カナ)よりはちょっと少なめかもしれないけれど恋愛してきたし、だから今まで「この人わたしのこと好きなんだな」と察してその後の自身の言動を決めることはよくあった。でも彼は本当によく分からない。何を考えているのか、何を考えてわたしと遊んでいるのか。

わたしはこれからどうするんだろう。 

 

 

2489文字

 

2017/01/16

2017/01/07

じわっと滲むような熱が伝わってきて、頭の裏が三度発光しているのを見た。うれしい、うれしい、うれしいと胸からぎゅうと気持ちが上がってきて自然と口角が上がる、「お誕生日おめでとう」とふざけたことばが口から滑り落ちていった。「だいぶ経ったけどね」とへにゃと笑われる。

 

2016/? 

「変な女を拾っちゃったね」と冗談まじりの口調で言ったら、「僕が見つけたんだよ」と返されて、この人の、自身を信じているところ、信じられるよう行動を選びとってきたところが本当にとても好きで、尊敬していて、できればわたしもそうありたい、そしてその選択の中にわたしのことが含まれていることが本当にうれしいし、その目にありがとうと思う、なんてありきたりな!まあいっか!

 

2017/01/16

たとえば手をつなぎたいのにわたしからつないでいいのだろうか嫌じゃないだろうか嫌かもしれない辞めておこうとか、そういう些細な悲しく薄暗い気持ちが積み重なって自己肯定感がどんどん低くなるということが以前はあった。今のお付き合いはとても楽だ。自由気ままにしていた方が面白がってくれる。手をつなぎたかったらつなぐ、もたれたかったらしなだれる、言いたいことは言うし言いたいように言う。好きな男性に対して緊張しがちでそのため「いいのかな」と一人でぐるぐる自問自答して落ち込むなんてことが生まれるのだけれども、最初から自由気ままに振舞おうと意識的にしていて、その上毎日会っているから自然と慣れていくことができたのかもしれない。書いていてこれは面白くも美しくもないことなので後で消すか書き直すと思う。

 

 

683文字

2016/12/04

「あのとき以降悲しいことはなかった?」と聞いてくれた。この子はサラッとしていて話を聞いていると「これも道だよーあはは行き止まりかもー」と言ってズンズン進んでいってしまうのでとても愉快なのだけれど、たまにハッとするようなことを言う。「悲しいことはなかった?」と聞いてもらえて、とても嬉しかった。

 

お付き合いが始まってようやく一ヶ月ほど経つのだけれど、週六日ほど会っているため全くその感じがない。「せめて三ヶ月は経ったよね」「ですよね」。

 

彼はいつも、わたしの大事にしていることは同じように大事にしてくれる。一人でいる時間、いろんなものを観に行くこと、自身の家族、ライフで考えてきたこと、言葉への姿勢、誰かにとってはどうでもよくて「?」と言われてしまうようなことでも、「ジョンちゃんがそう言うならそうなんだね」と、垂れた目を細めてゆったりとした声色で頷いてくれるのだ。

 

「今まで一番のモテエピソードを教えてください」「タートルネックって着ますか」「生きるってなんだと思いますか」と突拍子のない質問をするのはだいたいわたしの役目なのだけれど、最近は彼も「今までで一番価値観が変わったのはいつ?」「思春期の頃よく聞いたアーティストは?」と聞いてくれるのだった。最初のは京都でお昼ご飯にパンを買って公園で食べていた時だ。日なたが暖かくて、紅葉した木々がきらきらとしていて、揚げたてのコロッケを食べながら、膝にまだ暖かいパンを乗せて、隣に恋人がいて、天国かと思ったのだった。

 

いつも格好いいと思っているから、わざわざ口に出して言ったことはない。ただかわいいと思った時はそのままそう言う。「そのセーターかわいいですね」「髪、片っぽ耳にかけるのかわいいです」。彼も基本的にわたしを「かわいい」だなんて褒めなくて、「良いと思うよ」とかいつもの60%の声色で言うくせに、いつもぐりぐりと頭をなでてくるし、メッセージになると途端に「かわいくって仕方がない」「かわいがるのが楽しい」「『それはそれはかわいいんだ』だよ」とか送ってくる。甘やかされている。

 

取締役兼事業部長の人と飲みに行ったから言っちゃったよ、というメッセージが来たため無言でSHISHAMO「僕に彼女ができたんだ」のURLを貼った。

 

 

943文字

2016/11/20

また、こんなにも人を好きになることが出来て、驚いている。

遠いところにいる男の子だと、ふとした瞬間に目の前がくらっとする。すっごく他人だ・と未だに思う。たとえばわたしといるときにする第三者に対する受け答えだったり、彼の昔馴染みの友達だという明るい髪色をしたお洒落な友達の写真だったり。わたしにとって男の子はいつも遠い存在であったし、彼の住むその世界はさらに遠い星にある。なんかこう、(こんなこと言ったらジェンダー的には怒られるかもしれないけれど)男の子には男の子の独特のノリがあるよね。

 

頭の裏が白く痺れて甘い。何を話してもニコニコしてしまうし、触れてもらうと嬉しくて、「好きだー!」という気持ちを込めてお返しに触れる。彼がわたしの下の名前を呼ぶ毎に未だに心臓が浮き上がる感じがしてしまう。だけれど、彼が細い身体の割にご飯をたくさん食べる様子には慣れてきた。生活感が感じられないので、出会った当初はこの人ご飯を食べるのかしらと疑ったものだった。しかし今は「いっぱい食べて大きくなれよ!」と思って眺めている。まあ相手は180超えた大の男なんですけれど。わたしの方といえば、彼の下の名前を呼ぶことに全く慣れることができない。

 

彼はわたしの知らない広い知識を持っているし、わたしは彼の知らない世界を知っている。社会の薄暗いところを知らずに生きてきたんだろうまっすぐなところ、負けず嫌いでいくつかのポリシーを持っていて自分の理想を追いかけた結果今の彼があるところ、彼はわたしと全然違うし、わたしは彼と違うからこそ彼に好かれたのだと自覚もある、そしてわたしは彼と違う自分自身のことが好きだ。彼に好かれる自分のことが好きだ。

彼はたまにわたしのまず思いつかないようなことをやってのける。珍しく彼が先に上がった日、コートのポケットに手を突っ込むと見知らぬキャラメルが入っていること。飲食店では必ず上座を譲り、扉を開けてくれるのはもちろん、わたしが先に扉を開けても後ろから手を伸ばして扉を支えてくれたり、コートを着せてくれたり、混んだ電車で近くに来てくれたり、映画館で飲み終えたカップを持って行ってくれたり、カウンターでビールをあおっているとちょんとわたしのふとももを小突いて「スキンシップだよ」と言ってのけたり、ああそういうえば付き合う前にも目配せの代わりに手をちょいちょいと触られてそのまま机の下でみんなには内緒で手をつながれたり、酔っ払ったわたしを支えがてら手をつないできたり(しかも指を絡めるタイプのつなぎ方である)、さすが社内でチャラ男の冠をもらっているだけある。チャラチャラである。わたしが告白を保留(?)にした時これからの戦略を立てて「まずわたしの直属の先輩や上司を味方につけ外堀を埋める」ことを考え実践したという話をあとから聞いた時、くらっと宇宙の風景が目の前に広がって、「この人とは違う世界線だ」と思ったのだった。彼は自分に自信があって(自信を持てるように今まで積み重ねてきたのだと思う)、わたしとは違う文化で生きてきたんだと思い知らされる。

 

どんな少年だったんだろうとかどんな高校生だったんだろうとか、知りたくもあり、でも聞いてもどうしようもないし、なんとなく聞きたくないというか、現在の目の前に彼がいることだけで充分と思いつつ、その微妙な気持ちをうまく言葉にできなくて、獣医になりたかった話とか、サッカー部とバンドを掛け持ちして結局サッカーをとった話とか、を、おとなしく聞く。茶髪の頃の写真を見せてもらったり、成人式の時の、今のわたしよりも年下の彼の写真を見せてもらったりする。わたしはもう一生、今より過去の彼を見ることはできない。その絶望的な響きに、長く連れ添った誰か(たとえばたまに話に出てくる幼馴染のミタニくん、とか、前職から一緒に引き抜かれてきた鈴木さん、とか)に嫉妬してしまうかと思いきや、別にそれで良いと思っている自分がいて、淡白で冷静な自分に驚いた。それはきっと二つ理由があって、わたしの過去は同じように一生見られないで済むという薄暗い安心感と、これからは気の済むまで側にいていいと彼が開いてくれるからだ。早くおじいちゃんおばあちゃんになりたいね、とか、大きな犬を飼おう、とか、文字にすると恥ずかしく陳腐なのだが、そういう話ができてたのしい。

 

とりあえず社内でもの(たとえばMacBook Airとか)を渡してくれる時に、こっそり手をちょんちょんと触ってくるのは辞めてほしい。

 

 

1853文字