無題

2017/09/16

お鈴を鳴らすのが気恥ずかしくて、ちっちゃくちっちゃくそうっと鳴らして、仏壇の前の祖父を見る。彼と話したのはもう1年以上前だ。だいきらいだったのに、きちんとその低くしわがれた声は思い出せる。お前が買っていた名鉄の株で電車に乗ってきたさ、と話しかけてみる。座っていると感傷的な気分になるのでやめにする。

家に戻る時はたいていミスタードーナツを買うようにしている。祖母の分は必ずエンゼルクリーム。箱に頂きものだという立派ないちじくが大量にあったり、生協のしゃらしゃらしたビニール袋を見て、ああ実家だと思う。どこでも買えるようなお菓子と、冷凍した炊き込み御飯をもらって帰る。11月に入るまではあんまり戻らないかもな。

ちゃらちゃらとした見た目のくせに、敬老の日だからと言ってきちんとお祖父さんの家に行く彼のことをとてもすきだなと思う。

台風が来るらしい。日曜休みのお店がすきだ。アジを買ったのでいろいろ試すのが楽しみ。

 

 

418文字

2017/09/07

2017/09/07

「週末は物件を見に行ってくるね」だとか「配属される部署が決まったよ」だとか「ソファ生活をしているから絶対買わなきゃ」だとか教えてくれる度に、わたしは「楽しみだねえ」だとか「どうするの?決まったら教えてね」だとか「あのソファがいいと思う、でもあれもいいよね」だとか本当に楽しみに思っていそうででも嘘くさいような言葉を返す。嘘なのかは自分でもよくわからない。

おじいさんは山へコーディングをしに、おばあさんは川へウェブデザインをしに行きました。

それでもデートが終わって一人部屋に帰ってから、たまらなくなってワンワン泣いたり、どうしようもなくなって「あと2ヶ月なんだからさァ」と管を巻いてしまったり、さすがに日が近づくにつれて、わたしはがまんできるたちではないということを自覚してきている。

 

きっかけはトースターだった。「どこのにするの?アラジンもかわいいし、でもバルミューダはおすすめ、本当に美しいし部屋の片隅にあるだけで天使だし真っ黒なところが最高だし焼いたものは多分おいしい、味のことはよくわからないけどおいしいんだと思う」と延々と語って、わたしのバルミューダ賛辞が途切れたあと、彼がポツリと言った、「でも最終的に良いトースターが2台になっちゃうから」。きょどきょど目まぐるしく視線を泳がせて、「あ、あ〜」としか声を出せなかった。これは。これは。

 

なあんて甘いことが起こっていても、わたしは結局名古屋に置いていかれ、それまでにも4月に入社した女の子(学生時代はスターバックスでアルバイトをしていた)が彼に色目を使う現場を間近で見せられクソがと思いながら片隅でひたすらMacにテキストを打ち込んだり、おそらく名古屋を離れたあとも彼の親切なところさっと扉を開けてくれるところ大変そうな現場をすっと見つけてさっと手を貸してくれるところ上司の扱いが上手なところ何事にもさらっと興味がありませんみたいな顔をしているのに実は野心があるところ爪が丸いところ猫を多頭飼いしているところ格好良いものを作ろうという熱意が絶えないところだからちょっと徹夜とか無理をしちゃうところ空でキーマカレーが作れちゃうところ世話焼きなところサッカー部のキャプテンをしていたところ車の運転がすきなところチャットの返信が早くて丁寧で気の利いているところコンビニで買うものが何かしら好感の持てるものであるところおいしいお店やお土産品や気の利いたプレゼントを知っているところ洋服選びに余念がないところ言葉の選び方がやわらかいところでも家族の前では俺っていうところかっこつけなところ甘やかすのがじょうずなところそういうところに千葉の女たちもどんどん惚れていってしまったりされるのだろう 何も知らない新入社員から夫のことで相談と言いつつ飲みに誘ってくる人妻まで わたしとお付き合いを始める前の彼の社内の様子を想像して、あれが千葉でも繰り返されるのだと思ったりする そんなことを思うと口の中に苦い味が広がる あ〜あ

 

心の底からすきですきですきで馬鹿の一つ覚えのようにこんなことしか書けないのだけれど本当にすきでもすきと信頼はイコールじゃない。別に信頼はしていない。会社をほいっと乗り換えたみたいに、わたしのことも乗り換えられるのかもしれないとどこかで思っている。所詮は他人だし、呪いのように将来について話し合うことはしたくない。その時が来たら、きっと悲しくてワンワン泣いて、何度誕生日がきて月日が経っても、「あ〜 彼は良い恋人だったなあ もしあの時別れなかったらどうなってたかな」なんて浴槽の中で夢想したりするのだろう。でもそれで良いと思っている。

 

1512文字

2017/08/15

2017/08/10

目が合えば手を振ってみたりジェスチャーしたり口角をあげてみたりする。退勤時間が合えば一緒に帰ったり、その日体調が悪いんだと嘆いたりしていると部屋まで送って行ってくれたりする。わたしの口に合わないお菓子をあげたり彼がおいしそうだと思ったらしいお菓子をもらったりする。カフェオレを買ってくるようにパシリに使ったりする。組み方で分からないことを逐一相談したりできるしどんぐり公園でご飯を食べたりできる。

きっと本当にあっという間だ。わたしがこの9ヶ月をあっという間だと思っているように、2ヶ月なんて、2ヶ月なんて。

 彼はきっと、わたしが知っている彼の要素はほとんど全部名古屋に置いていく。三匹の美しい愛猫も、わたしを乗せてくれる青い車も。これからきっと、わたしの知らないごはんを作って食べて、わたしの知らない服を選んで着て、わたしの知らない職場に行って、わたしの知らない部屋に帰ってまた仕事したりして、わたしの知らない歯ブラシで歯を磨いて、わたしの知らない寝具で眠るんだろう。今だってお互い実家暮らしで、彼の生活を覗き見ることはなかったけれど、これからは意味が違うのだ、彼がいちから選んで選んだものたちと生活をしていくのに、それを見ることができないのだ。

とても悲しく、とても寂しく思っていることを、わたしは未だ彼に言えないでいる。情けないし格好悪いし、理解のある恋人でいたいし。

わたしは一人でたのしく生きていく自信がある。映画だって一人で観に行くし、ごはん屋さんも一人で行けるし、飲みにだって一人で行けるし、展覧会も一人で観に行けるし、そのための新幹線も夜行バスも一人で乗れる、名古屋のたのしいところは一人で見つけ出せるし一人で行くことができる。だからこそ、二人でいることのたのしさを忘れてしまったらどうしよう、と、目の前の世界のことしか考えられないわたしの性格上、思う。

 

彼が、たのしく仕事して健康的に暮らしてくれればと思う。そのためにわたしはどんなことでもしよう。わたしは、格好いい恋人であれるようにする。

 

 

866文字

2017/07/22

2017/06/25

なんとなく選んだご飯が、ちょっとの手間でとてもおいしくなれるものだったので、その場でレシピを母に送る。それをのっそりした目で眺めてくる。刃物は奮発した方がいいよね、柳宗理のボウルはもう少し我慢しようね、カリモクのソファはいつ買うかという話をしてから、なぜこの人と買い物に来てこんなにたのしいのにこの人と暮らさないことを選択したんだっけ?とふと思ったりする。7,600円のくずかご、1,980円のベッドシーツ。

「君の、自分でじっくりじっくり考えてそれを自分だけの力で叶えていくところをとても尊敬しているし、そうやって自分の人生を決めていくことをやめてほしくはないけれど、どんな気持ちでそうしているのかこれからどうしていくのかわたしに関わる(と信じている)部分について話してもらえないと不安になる」。仰向けに寝っ転がりながら最近思っていたことを責めるように言い募ると、ぼそぼそと答えてくれる。ぼそぼそ、ぼそぼそ。告白してくれたときも思ったけどこの人話長いな。文末だけ掻い摘んで自分の中で要約する。わたし、ものすごいことを言われていないか。約束であり魔法であり呪いであり夢であり現実であり二人だった。ああ、こんな場所で(本当にね)、こんな責めるような口調で聞くべきでなかったかもしれない、きっとおそらく多分、彼は彼なりにきっといろいろ考えてくれていたのだろうに。

 

2017/07/15

 彼から痛いメッセージをもらった夜、一人で泣いた。その日は同居人も帰ってこない日だったので、本当に本当に、人生で初めて、一人の夜だった。壁の向こうに階下に家族が誰かしらいる、そんなことが23年間当たり前だったから、JPOPの歌詞によくある一人の夜って、なんじゃそらと思っていたのだ。

 

2017/07/22

いろんな気持ちがすり減ってしまって、今はぐったりしながら食べ終わったごはんのお皿に背を向けてこれを打っている。べつに悲しくはない、と思っている。

 

 

837文字

2017/05/01

すおっと、音がして、オレンジ色の点線が流れていく。夜の田んぼの中を新幹線が滑っていく。いつもだったらはしゃいだ声を出してしまうはずなのに、あまりにもきれいで二人とも黙ってしまった。「きれい」思わずこぼれてしまったというように、すこし上ずった声。いっしょに見れることができて良かった。

 

 

149文字

2017/04/30

2017/04/23

一人暮らしをしている女性のおうちに一人で遊びに行ったのは、そういえば初めてな気がする。歩くのがはやい彼女と、大量のビールを抱えて、すっかり葉桜になってしまった駅前の道を抜ける。日差しが直線だ、もう夏だ。切って炒めるだけ、煮るだけ、焼くだけ、というような料理を、彼女はくるくる踊りながら作ってくれる(わたしは洗い物をし、野菜を袋にしまって冷蔵庫にしまうという役なので、作ってくれたという表現で正しい)。冷蔵庫を開けるたびに変なおもちゃがダミ声で「こんにちは」と話しかけてくる。ビールを飲んで、一つ食べ終わったらビールを飲みながら作り、また食べ終わったらビールを飲みながら作る。身軽で気軽でだらだらしたお昼ご飯。

彼女の住んでいる街は静かで、さっき見た2匹のボーダーコリーの声が遠くで聞こえる。夏の日差しが白いカーテンを透かしている。

わたしたちは同じ会社で働いていて、でも彼女は全然違うことを勉強してきて今も全然違う内容でお金を稼いでいるのだけれど、彼女の勉強への姿勢、社会への姿勢、自身の人生への姿勢がとてもすきだ。一緒にビールを飲めてうれしい。

 

 

486文字